サステナブルな食の選択肢を拡大:大手食品メーカーによる新しいタンパク源の社会受容性向上への挑戦事例
はじめに
本稿では、大手食品メーカーであるイノベーション食品株式会社が取り組む、新しいタンパク源の社会実装と受容性向上に向けたCSR事例をご紹介します。将来的な食料安全保障と環境負荷低減に貢献する新しい食資源の普及は、食料問題解決の重要な鍵となります。しかし、新しい食資源はしばしば消費者の慣習や意識の壁に直面します。イノベーション食品株式会社の事例は、単なる技術開発に留まらず、社会的な側面からの課題解決に戦略的に取り組んでいる点で注目に値します。大手食品メーカーのCSR担当者の皆様にとって、未来の食料システム構築に向けた自社の貢献策を検討する上で、具体的な示唆や学びがあると考えられます。
取り組みの背景と目的
イノベーション食品株式会社は、創業以来「おいしさと健康を通じて、より良い社会の実現に貢献する」ことを企業理念として掲げています。近年、世界的な人口増加や気候変動による食料需給の不安定化、従来の畜産に起因する環境負荷増大といった課題が顕在化する中で、持続可能な食料システムの構築が喫緊の課題であると認識しました。特に、高品質なタンパク源の安定供給は未来の食料安全保障における中心的なテーマの一つです。
同社は、既存のタンパク源(畜肉、魚介類、大豆など)に加え、微細藻類や特定の植物、発酵由来成分といった「新しいタンパク源」が、栄養価、生産効率、環境負荷の面で大きな可能性を秘めていることに着目しました。しかし、これらの新しいタンパク源は、栄養学的な研究や生産技術の開発が進む一方で、消費者の認知度や受容性が低いという社会的な課題がありました。
この状況を踏まえ、イノベーション食品株式会社は、新しいタンパク源の研究開発だけでなく、その社会受容性を高め、市場に普及させることを目的としたCSR活動を開始しました。具体的には、以下の3点を主要な目的として設定しました。
- 新しいタンパク源の栄養価や安全性を科学的根拠に基づき社会に正しく伝えること。
- 新しいタンパク源を活用した製品を開発し、消費者が手軽に試せる機会を提供すること。
- 新しい食資源を取り巻く法規制や社会インフラの整備に向けた議論に積極的に貢献すること。
これらの目的を通じて、未来のサステナブルな食の選択肢を拡大し、中長期的な食料問題解決への貢献を目指しています。
具体的な活動内容と実行プロセス
イノベーション食品株式会社の新しいタンパク源に関するCSR活動は、多岐にわたる部門連携と外部パートナーとの協働を特徴としています。
主要な活動内容は以下の通りです。
- 研究開発部門との連携によるプロトタイプ開発:
- 自社の食品開発技術と新しいタンパク源(例:特定の種類の微細藻類由来成分)に関する基礎研究の知見を組み合わせ、従来の食品に自然な形で新しいタンパク源を配合したプロトタイプ製品(例:スープ、パスタ、栄養バーなど)を開発しました。風味、テクスチャー、色合いなど、消費者にとって受け入れやすい品質を目指しました。
- 消費者向け啓発活動の実施:
- 特設ウェブサイトやSNSを活用し、新しいタンパク源がなぜ必要なのか、どのような栄養価があるのか、安全性がどのように担保されているのかといった情報を、科学的根拠に基づき分かりやすく発信しました。
- 一般消費者向けの試食会や説明会を、主要都市やオンラインで開催しました。プロトタイプ製品の提供に加え、栄養学の専門家や研究者を招き、新しい食資源に関する講演や質疑応答の機会を設けました。これらのイベントには、マーケティング部門、広報部門、研究開発部門が連携して取り組みました。
- 外部専門家・団体との連携:
- 大学の研究機関と共同で、新しいタンパク源の栄養特性や安全性に関する研究を実施しました。
- 食料問題に取り組むNPOやシンクタンクと協力し、新しい食資源に関する社会的な議論を促進するためのフォーラムやワークショップを共催しました。
- 食品業界団体や行政機関とも連携し、新しい食資源に関する法規制の動向や、表示に関する課題などについて意見交換を行いました。
- 従業員への理解促進:
- 社内報やeラーニングを通じて、新しいタンパク源に関する知識や活動の意義について全従業員への周知徹底を図りました。
- 希望者を対象とした社内試食会や勉強会を実施し、従業員自身が新しい食資源を体験し、その可能性や課題について理解を深める機会を提供しました。CSR部門が中心となり、人事部門や各事業部門と連携しました。
活動の実行プロセスとしては、まず研究開発部門が新しいタンパク源の候補を特定し、安全性の確認と並行して食品への応用研究を進めました。次に、マーケティング部門が消費者調査を実施し、受容性の現状や懸念点を把握しました。これに基づき、広報・CSR部門が中心となり、情報発信戦略と啓発イベントの企画・実施を進めました。外部連携については、関連部署が必要なパートナーシップを構築し、共同で活動を進めました。
成果と効果測定
この一連のCSR活動により、いくつかの成果が得られています。
定量的な成果:
- 試食会や説明会には、合計で約5,000名の一般消費者が参加しました。参加者へのアンケートでは、活動前の認知度約20%に対し、参加後の新しいタンパク源への関心度が約60%に向上しました。
- プロトタイプ製品の試食満足度は、約70%と比較的高く、風味やテクスチャーが新しい食資源であることを感じさせないレベルに近づいていることが示唆されました。
- 特設ウェブサイトの月間平均PVは活動開始前の約1000から約8000に増加し、情報へのアクセスが増えたことが確認されました。
- 関連するニュースリリースのメディア掲載数は、前年同期比で約2倍となりました。
定性的な成果:
- 新しいタンパク源に対する消費者の具体的な懸念点(例:「味が想像できない」「安全性が心配」「どのように調理すれば良いか分からない」など)を詳細に把握することができました。これは今後の製品開発や情報発信の改善に直結する重要な学びとなりました。
- NPOや研究機関との連携を通じて、多様な視点から新しい食資源に関する議論を深めることができました。これは、企業単独では気づきにくい社会的な課題や期待を把握する上で非常に有益でした。
- 従業員の約80%が社内勉強会に参加し、新しい食資源や同社の取り組みに対する理解と関心が高まりました。これは、従業員が企業の取り組みを社外に伝えるアンバサダーとしての役割を担う上で重要な基盤となります。
- 新しい食資源に関する法規制の必要性について、業界内や行政との間で具体的な議論が進むきっかけの一つとなりました。
成果測定においては、ウェブサイトアクセス解析ツール、イベント参加者アンケート、メディア露出分析、従業員アンケートなどを複合的に活用しました。特に、消費者アンケートでは、認知度、関心度、試食満足度、購入意向といった指標を設定し、活動前後の変化を比較分析しました。
直面した課題と克服策
活動の実行において、いくつかの課題に直面しました。
- 消費者の根強い抵抗感と誤解: 一部の新しいタンパク源(特に昆虫食など)に対しては、文化的な背景や先入観から強い抵抗感や嫌悪感を示す消費者が少なからず存在しました。「気持ち悪い」「食べるものではない」といった感情的な反応に対し、科学的な安全性や栄養価だけでは払拭できない壁があることが明らかになりました。
- 克服策: 消費者の感情的な壁に配慮し、最初は微細藻類や特定の植物由来など、既存の食品に近い形態やイメージを持つ新しいタンパク源から取り組みを開始しました。また、単に情報を伝えるだけでなく、「おいしさ」を最優先した製品開発に注力し、食体験を通じてポジティブな印象を持ってもらうことを重視しました。試食会では、抵抗感が少ないと思われる層(例:食の多様性に関心の高い層、健康志向の層など)からアプローチし、口コミ効果も狙いました。
- 新しいタンパク源の安定調達とコスト: 新しいタンパク源の多くは、まだ生産規模が小さく、安定した品質での大量調達が難しいという課題がありました。また、既存のタンパク源と比較してコストが高くなる傾向があり、製品価格に反映させることによる普及への影響も懸念されました。
- 克服策: 複数の国内外のサプライヤー候補と連携し、技術開発や設備投資への支援も視野に入れながら、安定供給とコスト削減に向けた共同研究・開発を進めました。また、高価格帯であっても新しい価値(環境負荷低減、ユニークな栄養価など)を理解し、それに対して対価を支払う意向のあるターゲット層向けの製品から市場導入を検討しました。
- 法規制の不整備: 新しい食資源に関する既存の食品衛生法や表示に関する基準は、必ずしも十分に整備されていませんでした。これは、製品開発やマーケティング活動を進める上での不確実性となりました。
- 克服策: 関連省庁や業界団体に対して、新しい食資源に関する情報提供や意見交換を積極的に行い、法規制整備に向けた議論を促しました。安全性に関する自社の研究成果を共有し、科学的根拠に基づいた適切な基準策定への協力を惜しみませんでした。
成功の要因と学び
このCSR事例における成功の要因は、以下の点が挙げられます。
- 経営層の強いコミットメント: 新しいタンパク源への取り組みが、短期的な利益追求だけでなく、中長期的な企業価値向上と社会貢献に資するという経営層の明確な意思決定と継続的な支援がありました。
- 部門横断的な連携体制: 研究開発、製造、マーケティング、広報、CSRといった多様な部門が共通の目標に向かって密接に連携し、それぞれの専門知識を活かした取り組みを展開できたこと。特に、研究開発とマーケティング・広報部門の連携により、技術的な可能性と消費者ニーズや社会受容性の課題を効果的に橋渡しできました。
- 外部パートナーシップの活用: 大学、NPO、業界団体、サプライヤーなど、社外の多様なステークホルダーとの連携を通じて、専門知識や異なる視点を取り込み、活動の幅と深さを広げることができました。
- 消費者への配慮と共感の醸成: 新しい食資源に対する消費者の懸念や感情的な壁を無視せず、まず「おいしさ」や「手軽さ」といった製品としての基本的な価値を追求しつつ、丁寧な情報提供と対話を通じて理解と共感を積み重ねようとしたアプローチが重要でした。
この事例から得られる学びとして、新しい食資源のような社会受容性が鍵となるテーマへのCSR活動は、単に技術開発や資金提供を行うだけでなく、対象となる社会(消費者、法規制当局、関連産業など)の理解促進、懸念の払拭、そして共通の未来像を描くための対話と共創のプロセスが不可欠であるということです。また、一朝一夕に成果が出るものではなく、長期的な視点と粘り強い取り組みが求められます。
他の企業への示唆・展望
イノベーション食品株式会社のこの事例は、大手食品メーカーのCSR担当者の皆様に対し、未来の食料問題への貢献として、新しい食資源という選択肢を検討する上で重要な示唆を与えます。
- 新しい食資源を検討する際の視点: 技術的な可能性だけでなく、社会受容性、法規制、コスト、サプライチェーンといった多角的な側面から総合的に評価し、自社の強み(例:開発力、マーケティング力、ブランド力、既存チャネルなど)をどのように活かせるかを戦略的に考える必要性を示唆しています。
- 課題解決へのアプローチ: 消費者の懸念に対して、科学的根拠に基づいた情報提供に加え、製品開発やコミュニケーションの工夫を通じて感情的な壁を乗り越えるアプローチが有効であること、また法規制などの社会インフラ整備に向けた業界全体での取り組みに貢献することの重要性を示しています。
- 連携の可能性: 研究機関、NPO、スタートアップ企業、行政など、多様なパートナーとの連携が、新しい食資源の実装と普及を加速させる鍵となること。特に、スタートアップが持つ革新的な技術と、大手企業が持つ開発力、生産能力、流通網、ブランド力を組み合わせるオープンイノベーションの可能性も考えられます。
イノベーション食品株式会社は、今後も新しいタンパク源に関する研究開発を継続するとともに、プロトタイプ製品の改善や、より多くの消費者が参加できる啓発イベントの実施を計画しています。将来的には、新しいタンパク源を主要な原材料の一部として使用した本格的な製品ラインナップを開発・販売し、サステナブルな食料システム構築の一翼を担うことを目指しています。
まとめ
イノベーション食品株式会社による新しいタンパク源の社会受容性向上への挑戦事例は、未来の食料問題解決に向けたCSR活動において、技術開発だけでなく、社会的な側面からの課題解決と、多角的なステークホルダーとの連携が極めて重要であることを示しています。消費者の理解と共感を得ながら、新しい食資源をサステナブルな食の選択肢として社会に根付かせていくためには、長期的な視点に立ち、粘り強く丁寧な取り組みを続けることが求められます。この事例が、他の食品関連企業の皆様が、食料問題への貢献策を検討される上での一助となれば幸いです。