大手食品メーカーによる地域食料システム包括支援事例:生産・流通・消費・廃棄を結ぶ共創的アプローチ
はじめに
本記事では、ウェルネスフーズ株式会社が取り組む「地域共創型フードシステム・チャレンジ」のCSR事例をご紹介します。これは、特定の過疎地域が抱える生産者の減少、耕作放棄地の増加、地域内流通の脆弱化、それに伴う買い物弱者の発生や食品ロスといった複合的な食料システム課題に対し、生産から消費、廃棄までを一体的に捉え、地域住民や行政、他団体と連携して包括的に解決を図るものです。
単一の課題解決ではなく、システム全体へのアプローチを試みるこの事例は、大手食品メーカーが持つ多様なリソースや知見をどのように地域課題解決に活かせるか、また、複雑な社会課題に対して企業がどのように貢献しうるかという点において、多くの示唆を提供すると考えられます。
取り組みの背景と目的
ウェルネスフーズ株式会社は、「食を通じて人々の健康と地球の持続可能性に貢献する」という企業理念を掲げています。同社は、原材料の主要な供給元である国内各地の農業地域における構造的な課題、特に担い手の高齢化と減少、それに伴う耕作放棄地の増加が、将来的なサプライチェーンの安定性だけでなく、地域社会そのものの持続可能性を脅かしている状況を認識していました。
特に、本事例の対象となったA地域は、急速な高齢化と人口減少により、農業生産の維持が困難になる一方、地域内の小売店や公共交通機関の減少により、高齢者を中心に食料品へのアクセスが悪化(いわゆるフードデザート化)し、地域内で生産された農産物が地域内で消費されずに外部へ流出したり、収穫されずに放棄されたりするといった問題が顕在化していました。
これらの複合的な課題に対し、同社は単なる生産者への技術指導や余剰食品の寄付といった既存のCSR活動に留まらず、地域全体の食料システムを再構築することを目指しました。具体的には、以下の目的を掲げました。
- 地域内での持続可能な農業生産体制の確立と食料自給率の向上
- 地域住民、特に高齢者や買い物弱者の食料アクセス改善
- 地域内で発生する食品ロスや未利用資源の削減と有効活用
- 地域経済の活性化と多世代交流の促進
- 地域住民の食料に対する意識向上と健康増進
具体的な活動内容と実行プロセス
「地域共創型フードシステム・チャレンジ」は、以下のステップで進行しました。
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現状調査と地域協議会の設立: まず、プロジェクトチームはA地域に入り込み、地域住民、農家、地元商店、自治体への詳細なヒアリングや、統計データ、地理情報を分析し、食料システムに関わる課題を多角的に把握しました。この調査結果に基づき、ウェルネスフーズ、A自治体、地元農協、地域住民代表、NPO法人、大学研究者などが参加する「A地域食料システム協議会」を設立。共通認識と目標設定を行いました。
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複数プロジェクトの並行実施: 協議会で特定された主要課題に対し、複数の専門チームが連携して以下のプロジェクトを実行しました。
- 生産支援プロジェクト: 遊休農地を活用し、地域に適した収益性の高い作物の導入を支援しました。企業の農業専門家OBや提携アグリテック企業から派遣された技術者が、営農指導やスマート農業技術の導入をサポートしました。
- 地域内流通プロジェクト: 地域住民の食料アクセスを改善するため、企業物流網の一部を利用した少量多頻度輸送の実験や、地域住民が運営主体となる移動販売車両の導入を支援しました。また、地域内でのオンライン注文・配達システムの構築にも着手しました。
- 加工・商品開発プロジェクト: 規格外農産物や地域特産品を活用した加工品開発を推進しました。ウェルネスフーズの研究開発部門がレシピ開発や品質管理の技術を提供し、地元の加工場と連携して新たな商品を製造。企業独自の販売チャネル(オンラインストア、社員食堂、一部小売店)での販路開拓を支援しました。
- 資源循環プロジェクト: 地域内の食品スーパーや食品加工場で発生する事業系食品廃棄物と、家庭系食品ロスの一部を回収し、堆肥化・バイオガス化する地域内循環システム構築の可能性調査と実証実験を行いました。また、規格外農産物を地域のフードバンクや子ども食堂へ供給するネットワークを強化しました。
- 食育・健康プロジェクト: ウェルネスフーズの栄養士が地域に出向き、高齢者や子ども向けに食育講座や健康相談会を実施しました。地元の食材を使ったバランスの取れた献立提案なども行いました。
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組織内の連携体制: この取り組みは、CSR部が全体のコーディネートを行いましたが、実際の活動は調達部(生産者連携、新規作物検討)、生産技術部(加工技術支援)、物流部(地域内物流構築)、研究開発部(商品開発、資源循環技術)、広報部(地域への啓発、成果発信)、人事部(従業員ボランティア募集)など、多岐にわたる部門の協力なしには成り立ちませんでした。各部門の専門知識とリソースが有機的に結合されました。
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外部パートナーとの連携: A自治体はプロジェクト全体の調整役を担い、地域協議会の運営や補助金申請などで重要な役割を果たしました。農協は生産者との連携、NPO法人は地域住民のニーズ把握や活動への参加促進、大学は技術的なアドバイスや効果測定、地域金融機関は加工場の改修や移動販売車両購入のための資金調達支援などで協力しました。
成果と効果測定
プロジェクト開始から3年が経過し、以下のような成果が確認されています。
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定量的な成果:
- 遊休農地解消面積:累計約15ヘクタールが再生・活用されました。
- 新規就農・兼業農家支援:プロジェクトを通じて新たに3組が農業を開始、5組が企業OBから指導を受けました。
- 地域特産品加工品の売上:初年度と比較して地域内売上20%増、企業チャネル経由の売上50%増を達成しました。
- 移動販売・オンラインシステム利用:対象地区の高齢者世帯の約30%が利用しており、買い物の負担が軽減されました。
- 食品ロス削減:地域内のスーパーからの食品廃棄物量が年間約10トン削減されました。
- 食育講座参加者数:年間延べ約300人が参加しました。
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定性的な影響: 地域住民からは「近くで買い物ができて助かる」「地域で作られたものが食べられるのが嬉しい」「企業の人と話す機会が増えて地域が明るくなった」といった声が多数寄せられました。また、地域内で異なる立場の人々(農家、商店主、住民、行政職員)が食料システムという共通テーマで話し合い、協働する機会が増え、地域内の結束が強まりました。ウェルネスフーズ社内でも、従業員が自身の業務が地域社会に繋がっていることを実感し、エンゲージメントの向上に繋がりました。企業の地域における信頼度やブランドイメージも向上しました。
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効果測定の手法: 成果測定は、定期的な住民アンケート、移動販売利用データや加工品売上データ、自治体が保有する農地・人口動態データ、食品廃棄物排出量の記録など、多様なデータを収集・分析することで行われました。また、地域協議会で定期的に進捗と成果を共有し、外部の大学研究者による第三者評価も導入しています。KPIとして、遊休農地解消面積、地域内加工品売上、食料アクセス改善度などを設定し、中間目標と最終目標に対する達成度を評価しています。
直面した課題と克服策
この取り組みは順調に進んだわけではなく、いくつかの課題に直面しました。
- 地域内の合意形成: 多様なステークホルダー(農家、商店主、住民、自治体職員など)の間で、問題意識や解決策に対する意見の相違があり、合意形成に時間を要しました。克服策として、地域協議会での対話の機会を増やし、各立場の意見を丁寧に聞き取ることに注力しました。また、短期的な成果だけでなく、長期的な地域全体の利益という共通目標を常に確認し合うことで、協力を促しました。
- プロジェクト間の連携不足: 生産支援、流通、加工など、複数のプロジェクトが並行して進む中で、プロジェクトチーム間の情報共有や連携が一時的に滞ることがありました。克服策として、毎週の全体定例会議を設定し、各プロジェクトの進捗報告と課題共有を義務付けました。また、各プロジェクトの担当者が他のプロジェクトの活動にも参加する機会を設けるなど、相互理解を深める努力を行いました。
- 短期的な成果が出にくいことへのモチベーション維持: 食料システムの再構築は長期的な取り組みであり、目に見える大きな成果が出るまでに時間を要しました。特に、関わる地域住民や一部の社内担当者のモチベーション維持が課題となりました。克服策として、小さな成功事例(例:移動販売で喜ばれた声、加工品が完売したイベントなど)を積極的に共有し、活動の意義を再確認しました。また、従業員が地域を訪問し、住民と直接交流する機会を設けることで、活動への共感を高めました。
- 企業の専門知識と地域の実情の乖離: 企業の持つ技術やビジネスモデルが、そのまま地域の小規模な状況や高齢化が進む地域の実情に適用できない場面がありました。克服策として、地域住民や地元の専門家(農協職員、地域おこし協力隊など)の意見を最大限に尊重し、企業の技術やリソースを地域に合わせて柔軟にカスタマイズする姿勢を徹底しました。机上の計画ではなく、現場での試行錯誤を重視しました。
成功の要因と学び
本事例が一定の成果を上げることができた要因として、以下の点が挙げられます。
- 経営層の強いコミットメント: 食料システム再構築という長期的な取り組みに対し、経営層が明確なビジョンを示し、必要なリソース投入を承認し続けたことが、活動の継続と推進の大きな力となりました。
- 地域主体の共創的アプローチ: 企業が「支援する側」という一方的な立場ではなく、地域住民や他の関係者と対等な立場で話し合い、「共に創る」という姿勢を貫いたことが、信頼関係構築と地域住民の主体的な参加を引き出しました。
- 多部門・多組織連携による総合力: 食品メーカーが持つ幅広い専門性(生産、加工、物流、マーケティング、栄養など)と、自治体、農協、NPO、大学といった外部パートナーのそれぞれの強みが結集されたことで、複合的な課題に対し多角的な解決策を講じることが可能となりました。
- 成果を焦らない長期的な視点: 短期的なKPI達成だけを追うのではなく、地域社会の持続可能性という長期的な目標を据え、成果が出るまでのプロセスそのものを重視した姿勢が、困難な状況でも活動を続ける原動力となりました。
この事例から得られる学びとして、食料問題のような複雑な社会課題に取り組む際は、単一の課題やアプローチに限定せず、システム全体を俯瞰し、多様なステークホルダーとの共創を通じて解決策を模索することが重要であるという点が挙げられます。また、企業の持つ事業資産(技術、ネットワーク、人材)を社会課題解決にどう活かすかを戦略的に考えること、そして、地域やパートナーの実情に合わせて柔軟に対応する能力が不可欠であることも示唆されています。
他の企業への示唆・展望
ウェルネスフーズ株式会社の「地域共創型フードシステム・チャレンジ」は、大手食品メーカーのCSR担当者にとって、自社の取り組みを検討する上でいくつかの示唆を与えうる事例です。
まず、自社のサプライチェーンの起点となっている地域や、事業活動に関連の深い地域が抱える複合的な課題に対し、包括的なアプローチで貢献できる可能性を示しています。単に原材料を調達するだけでなく、その地域の食料システム全体のレジリエンス向上や活性化に貢献することで、自社の事業基盤強化にも繋がるという視点は、戦略的CSRの重要なヒントとなります。
また、自社の多様な部門の専門性や、物流網、研究開発力、商品開発力といったケイパビリティを、地域課題解決のための具体的なソリューション開発に活かす方法論は、応用可能なアイデアと言えるでしょう。さらに、行政や地域団体、大学など、多様な外部パートナーと対等な立場で連携し、信頼関係を構築するプロセスは、今後のCSR活動における協働モデルの参考になります。地域住民との共創による新たな流通や商品開発は、CSV(共通価値の創造)の観点からも注目に値します。
ウェルネスフーズ株式会社は、このA地域での経験を活かし、今後、同様の課題を抱える他の地域へのモデル展開を検討しています。また、地域協議会の機能をさらに強化し、将来的には地域主導でプロジェクトが推進される体制を目指すとともに、デジタル技術を活用したより効率的で透明性の高い地域内食料システム構築への挑戦も視野に入れています。
まとめ
ウェルネスフーズ株式会社の「地域共創型フードシステム・チャレンジ」は、過疎・高齢化が進む地域における複合的な食料システム課題に対し、生産から消費、廃棄までを一体的に捉え、企業、地域住民、行政、多様なパートナーが共創することで解決を図る包括的なCSR事例です。
本事例は、大手食品メーカーが持つ専門性やリソースを最大限に活かしつつ、地域主体の取り組みを尊重し、長期的な視点で課題解決に取り組むことの重要性を示しています。地域内の複雑な利害調整やプロジェクト連携といった課題に直面しながらも、丁寧な対話と柔軟な対応によって成果を上げてきたプロセスは、他の企業が同様の社会課題に取り組む上での貴重な学びを提供します。
食料問題は多様な側面を持つ課題であり、単一のアクターやアプローチだけでは解決が困難です。企業の強みを活かし、地域や社会と共に価値を創造していく「共創」のアプローチが、持続可能な食料システムの実現に向けた鍵となるのではないでしょうか。