大手食品メーカーの国際サプライチェーンにおける人権尊重と公正取引推進事例:労働環境改善と生産者の経済的安定への貢献
はじめに
本記事では、〇〇食品株式会社(以下、「当社」と称します)が国際的な原材料調達サプライチェーンにおいて推進している、人権尊重と公正取引に関するCSR事例をご紹介いたします。グローバルな事業展開を行う大手食品メーカーにとって、サプライチェーン全体での持続可能性確保は喫緊の課題です。特に、開発途上国を含む複雑なサプライチェーンにおける労働・人権問題や、生産者の経済的脆弱性は、事業継続リスクであると同時に、企業の社会的責任が厳しく問われる領域です。
当社のこの取り組みは、単なるリスク管理に留まらず、サプライヤーとのパートナーシップを深め、サプライチェーン全体のレジリエンス強化と生産者の生活向上に貢献しようとするものです。大手食品メーカーのCSRご担当者様にとって、グローバルな調達における具体的な課題解決アプローチや、ステークホルダー連携を通じた活動推進の示唆となる情報を提供できるものと考えております。
取り組みの背景と目的
当社の主要な原材料の一部は、アジア、アフリカ、中南米などの開発途上国から調達しています。これらの地域においては、労働基準が未整備であったり、貧困から児童労働や強制労働のリスクが存在したりする課題があります。また、小規模生産者が市場での交渉力が弱く、不安定な収入に苦しむケースも少なくありません。
当社は、こうしたサプライチェーン上の課題が、企業の持続可能性にとって看過できないリスクであると認識しています。同時に、企業の社会的責任として、調達活動を通じてサプライヤー側の労働環境改善や生産者の経済的安定に貢献することが重要であると考えています。企業理念に掲げる「食を通じた社会への貢献」を実現するためには、安全で高品質な食品を消費者に届けるだけでなく、その食品が倫理的かつ持続可能な方法で生産されていることを保証する責任がある、という強い意思が本取り組みの背景にあります。
本CSR活動の目的は、具体的に以下の点を達成することにあります。
- 国際的なサプライチェーンにおける人権侵害リスク(児童労働、強制労働、差別、労働安全衛生など)を特定し、低減すること。
- サプライヤーとの間で公正かつ透明性の高い取引慣行を確立し、生産者の経済的安定に貢献すること。
- サプライヤーの労働環境および人権尊重に関するキャパシティ(能力)向上を支援すること。
- 本取り組みを通じて、企業のレピュテーション向上とブランド価値の強化を図ること。
- 持続可能な調達慣行を業界全体に広めるための働きかけを行うこと。
具体的な活動内容と実行プロセス
当社の国際サプライチェーンにおける人権尊重と公正取引推進の取り組みは、多岐にわたる活動と緻密なプロセスを経て実行されています。
1. サプライヤー行動規範の策定と展開
まず、当社の期待する労働・人権基準、環境基準、倫理基準などを明記した「サプライヤー行動規範」を策定しました。この規範は、ILO(国際労働機関)の主要条約やOHCHR(国連人権高等弁務官事務所)の「ビジネスと人権に関する指導原則」などを参考に、グローバルなベストプラクティスを取り入れたものです。
この規範を、当社が直接取引するTier 1サプライヤーに対して展開し、その遵守を取引条件の一部としました。さらに、Tier 1サプライヤーを通じて、その先のサプライヤー(Tier 2以降)にも規範の周知徹底を図るよう要請しています。理解促進のため、規範の多言語化や説明会の実施も行いました。
2. リスクアセスメントと第三者監査
サプライチェーン全体における人権リスクを特定するため、リスクアセスメントを実施しています。リスクの高さは、調達先の国・地域のリスクレベル、取引量、サプライヤーの種類(農場、工場など)などを総合的に評価して決定します。
高リスクと判断されたサプライヤーに対しては、専門の第三者監査機関によるオンサイト監査を実施しています。監査項目は、労働時間、賃金、雇用契約、児童労働・強制労働の有無、差別の禁止、団結権、労働安全衛生など、サプライヤー行動規範の内容に沿ったものです。監査結果に基づき、改善が必要な場合はサプライヤーと協力して是正措置計画を策定し、その進捗をフォローアップしています。過去3年間で、合計150件以上の第三者監査を実施し、是正措置の完了率は85%以上に達しています。
3. サプライヤー向けキャパシティビルディング
監査で発見された課題や、サプライヤー行動規範の理解促進のために、サプライヤー向けの研修プログラムや技術支援を実施しています。人権デューデリジェンスの基礎、労働安全衛生管理、効果的な苦情処理メカニズムの構築方法などが研修内容に含まれます。これらのプログラムは、地域の言語で提供され、現地のNPOや専門家と連携して実施されることもあります。これにより、サプライヤー自身が自律的に労働環境や人権課題を改善していく能力を高めることを目指しています。
4. マルチステークホルダーイニシアティブへの参加
業界全体の課題解決には単独での取り組みに限界があることを認識し、関連するマルチステークホルダーイニシアティブ(例:〇〇業界の持続可能な調達を目指す協議会など)に積極的に参加しています。情報交換や共同プロジェクトを通じて、共通の課題に対する効果的なアプローチを開発し、業界全体の持続可能性向上に貢献しています。
5. 組織内の連携体制
これらの活動は、CSR推進部門が全体を統括していますが、実際の実行においては調達部門との密接な連携が不可欠です。調達契約への規範反映、サプライヤー選定基準への統合、監査結果に基づく取引継続判断など、調達活動のあらゆるフェーズでCSRの視点が組み込まれています。また、法務部門は規範の法的妥当性や契約関係、品質保証部門は労働環境が品質に与える影響、サステナビリティ部門はESG情報開示、研究開発部門は代替調達先の検討などで連携しています。
成果と効果測定
本取り組みによって、いくつかの重要な成果が得られています。
定量的成果としては、前述の監査実施件数と是正措置完了率の向上に加え、研修参加サプライヤー数は年間平均で延べ500社・1500人を超えています。特定の地域では、本取り組みと並行して行われた公正取引プログラムへの参加サプライヤーにおいて、生産者の平均収入が活動開始前に比べて10%増加したというデータも得られています(ただし、これは市場価格変動など他の要因も影響するため、本活動のみの効果を厳密に切り分けることは困難です)。また、外部のサステナビリティ評価機関によるサプライチェーン分野の評価が、活動開始から5年間で2段階向上しました。
定性的な成果としては、監査を通じて特定のサプライヤーにおける長時間労働や安全基準不備といった具体的な労働環境問題が改善された事例が複数確認されています。また、研修や対話を通じて、サプライヤー側の労働・人権問題に対する意識が向上し、主体的な改善への意欲が見られるようになりました。生産者との間では、公正な取引価格や長期契約の締結を通じた信頼関係が構築され、安定的な原料調達に繋がっています。従業員に対しても、自分たちの仕事が社会課題解決に貢献しているという意識が生まれ、エンゲージメント向上に繋がっています。
これらの成果は、定期的な監査報告、サプライヤーからのフィードバック収集、第三者機関による評価、従業員意識調査などを通じて測定・評価しています。特に、サプライヤーの自主的な改善状況や、生産者コミュニティからの声は、活動の真の効果を測る上で重要な指標となっています。
直面した課題と克服策
本取り組みを進める上で、様々な課題に直面しました。
第一に、サプライヤーの理解と協力の確保です。特に小規模なサプライヤーにおいては、規範の理解が難しかったり、監査や改善活動への対応が負担になったりするケースがありました。これに対しては、一方的な要求ではなく、規範や監査の目的を丁寧に説明し、改善活動への具体的な支援策(例:簡易な安全チェックリストの提供、改善事例の紹介など)を提示することで、伴走型の支援を行うようにしました。また、長期的な取引継続をインセンティブとすることで、協力体制を促進しました。
第二に、監査の限界です。監査時に実態が隠蔽されたり、短期間の改善で終わってしまったりするリスクは常に存在します。この克服策として、定期監査に加えて予告なしの抜き打ち監査を導入したり、労働者への直接的なインタビューを匿名で行ったりするなどの工夫を凝らしました。さらに、単一の監査機関に依存せず、複数の専門機関を活用することで、多角的な視点を取り入れています。
第三に、複雑なサプライチェーンの下流(Tier 2、Tier 3以降)への影響力行使の難しさです。当社が直接契約していないサプライヤーに対しては、直接的な指導や監査が困難です。これについては、Tier 1サプライヤーに規範の展開を義務付けるとともに、業界団体や地域に根差したNPOと連携し、サプライチェーン全体を対象とした意識向上や能力開発プログラムを共同で実施することで、間接的な影響力を高める努力を続けています。
成功の要因と学び
当社のこの取り組みが一定の成果を上げることができた主な要因は以下の通りです。
最大の成功要因は、経営トップ層の強いコミットメントです。本取り組みが単なるCSR活動ではなく、企業の持続的な成長に不可欠な事業戦略の一部であるという認識が共有されていたことが、社内の推進力を生み出しました。CSR部門だけでなく、調達部門が主体的に関与し、KPIに本取り組みに関連する指標を含めるなど、関係部門との緊密な連携が構築されたことも重要です。
また、サプライヤーを一方的に評価・指導する対象としてではなく、共に課題を解決していくパートナーと見なす姿勢で臨んだことが、サプライヤーからの信頼を得て、協力を引き出す上で非常に効果的でした。第三者監査機関やNPO、業界団体といった外部パートナーの専門性とネットワークを最大限に活用できたことも、取り組みの質と範囲を拡大する上で不可欠でした。
この事例から得られる学びとして、以下の点が挙げられます。
- 国際サプライチェーンにおける人権・労働問題への対応は、リスク管理だけでなく、サプライヤーとの信頼関係構築、調達の安定化、品質向上といったビジネスメリットにも繋がりうる長期的な投資であること。
- 規範の押し付けだけでなく、対話とキャパシティビルディングを通じたサプライヤーとの協力関係構築が、実効性のある改善には不可欠であること。
- 複雑なサプライチェーンの課題には、単独ではなく業界内での協働やマルチステークホルダーとの連携が効果的であること。
他の企業への示唆・展望
当社のこの事例は、グローバルなサプライチェーンを持つ他の食品メーカーにとって、自社のサプライチェーンCSRを検討する上でいくつかの重要な示唆を与えうるものと考えています。
まず、サプライヤー行動規範の策定と展開、リスクアセスメントに基づく第三者監査、そしてサプライヤーへの継続的なキャパシティビルディングという一連のアプローチは、多くの企業で応用可能な基本的なフレームワークとなります。特に、監査で課題を発見するだけでなく、その後の是正措置のフォローアップと、サプライヤー自身の能力向上を支援する「伴走型」のアプローチは、実効性を高める上で参考になるでしょう。
また、業界団体やNPOといった外部パートナーとの連携は、情報やリソースを共有し、共通の課題に対してより大きな影響力を持つための有効な手段です。自社だけで解決が難しい課題についても、連携を通じて突破口が開ける可能性があります。
今後の展望として、当社は本取り組みの範囲をさらに下位のサプライヤー層に拡大していくことを目指しています。また、ブロックチェーン技術などを活用したトレーサビリティシステムの導入を進め、サプライチェーンの透明性を高めることを検討しています。加えて、人権尊重の枠組みの中で、生産者が持続可能な生計を営むために必要な収入を確保できるような「リビングインカム(生活賃金/生活収入)」の実現に向けた研究や、関連するステークホルダーとの対話を深めていくことも重要な課題と捉えています。
まとめ
本記事では、〇〇食品株式会社の国際サプライチェーンにおける人権尊重と公正取引推進のCSR事例を詳細にご紹介しました。グローバルな調達活動に伴う人権・労働問題や生産者の経済的課題に対し、サプライヤー行動規範の展開、第三者監査、キャパシティビルディング、そしてステークホルダー連携といった多角的なアプローチで取り組んでいます。
これらの活動を通じて、サプライヤーの労働環境改善や生産者の経済的安定に一定の貢献を果たすとともに、サプライチェーンのレジリエンス強化、企業価値向上といった成果を得ています。課題も残されていますが、経営トップのコミットメントと関係部門の連携、そしてサプライヤーをパートナーと見なす姿勢が、成功の重要な要因となっています。
この事例が、読者の皆様が自社のサプライチェーンCSR活動を検討される上での具体的なヒントや、新たな連携の可能性を見出す一助となれば幸いです。企業の調達活動が、グローバルな社会課題解決と持続可能な未来の実現に貢献できる可能性は、まだ大きく広がっています。