大手食品メーカーによるグローバルサプライチェーン食品安全文化醸成と技術支援事例:安心・安全な食の供給網構築への貢献
はじめに
本稿では、グローバルセーフフーズ株式会社(仮称)が取り組む、食料サプライチェーンにおける食品安全レベル向上を目的としたCSR事例をご紹介します。特に、同社が世界各地の契約生産者や一次加工業者を含むサプライヤーに対し、食品安全に関する文化醸成と具体的な技術支援をどのように展開しているかに焦点を当てます。
この事例は、大手食品メーカーが単なる調達基準遵守にとどまらず、サプライチェーン全体のレジリエンスと信頼性を高めるために、パートナーとの協働を通じて食料安全保障に貢献するアプローチとして注目されます。貴社における、安全・安心な食の供給網構築に向けたCSR活動や戦略立案の一助となれば幸いです。
取り組みの背景と目的
グローバルセーフフーズ株式会社は、世界中から多種多様な原材料を調達し、多くの国・地域で製品を展開しています。近年、食のグローバル化が進む一方で、原材料産地における食品安全管理体制のばらつきや、気候変動、自然災害などによるサプライチェーンリスクの増大が顕在化しています。同社は「安全・安心な食を世界中の人々に届ける」という企業理念に基づき、自社工場のみならず、原材料の生産から最終製品に至るまでのサプライチェーン全体で一貫した高い食品安全レベルを確保することが、企業の社会的責任であり、かつ事業継続に不可欠であると認識していました。
特に、中小規模の契約生産者や一次加工業者においては、国際的な食品安全基準への対応や最新技術の導入に課題を抱えているケースが見られました。この状況に対し、同社は単に監査によって基準を満たさないサプライヤーとの取引を見直すのではなく、共に食品安全レベルを高めていくパートナーシップの構築を目指しました。
本CSR活動の目的は、以下の2点に集約されます。 1. サプライチェーン全体における食品安全リスクを低減し、製品の安全性を根幹から強化すること。 2. 契約サプライヤー、特に技術や資源が限られる小規模事業者の食品安全に関する知識・技術レベルおよび食品安全文化を向上させ、彼らの持続可能な事業運営を支援すること。
これらの目的達成を通じて、グローバルな食料安全保障に貢献し、ステークホルダーからの信頼を一層確固たるものにすることを目指しました。
具体的な活動内容と実行プロセス
グローバルセーフフーズ株式会社は、この目的達成のために「サプライヤー食品安全パートナーシッププログラム」を立ち上げました。プログラムは主に以下の要素で構成されています。
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食品安全基準の共通理解と浸透: 同社独自のサプライヤー向け食品安全基準(国際的なHACCPやISO 22000等の要素を取り込みつつ、同社の管理方針を反映)を策定しました。この基準は、複雑な専門用語を避け、各地域の言語に翻訳され、図やイラストを多用した理解しやすいマニュアルとして提供されました。また、基準の背景にある考え方や重要性について、一方的な通達ではなく、ワークショップ形式の説明会を現地で開催し、対話を通じて共通理解を深める努力が行われました。
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体系的な技術支援と能力開発:
- 研修: 現地での集合研修に加え、インターネット環境が不十分な地域でも受講できるよう、オフラインで視聴可能な動画教材や、イラスト中心の簡易版テキスト教材を作成・配布しました。研修内容は、基本的な衛生管理、危害要因分析(HACCPの原則)、トレーサビリティ確保の方法、適切な保管方法など、サプライヤーの規模や技術レベルに合わせてカスタマイズされました。
- 現地指導: 同社の品質保証部門の専門家や、現地の食品安全コンサルタントと連携し、各サプライヤーの施設を訪問して個別指導を実施しました。設備の改善点、作業プロセスの衛生リスク、記録の付け方など、具体的なアドバイスと実践的なデモンストレーションを行いました。
- デジタルツールの導入支援: 簡易なチェックリストアプリや、農場での栽培記録、一次加工場での温度管理データを記録・共有できるスマートフォン・タブレット向けアプリを開発・提供しました。これにより、記録の正確性向上と、同社品質保証部門による遠隔モニタリングを可能にしました。操作が不慣れなサプライヤー向けには、使い方の研修やサポート体制を整備しました。
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インフラ整備・資金アクセスの支援: 技術支援だけでは限界がある場合、必要最低限の衛生設備(手洗い場、簡易保管庫など)の設置・改修に関する技術的な助言や設計支援を行いました。また、設備投資が必要なサプライヤー向けに、提携する現地の金融機関や公的支援制度に関する情報提供、申請手続きのサポートを行いました。
このプログラムの実行プロセスは、まず対象となるサプライヤーを選定し、初期アセスメント(現状の食品安全レベル評価)を実施します。次に、アセスメント結果に基づき、各サプライヤーに合わせた個別の改善計画を共同で策定しました。計画に沿って研修や現地指導、ツール導入支援を実施し、定期的なモニタリングと監査を通じて進捗を確認しました。成功事例や課題は全体で共有し、プログラム内容を継続的に改善していきました。
組織内の連携としては、原材料調達部門がサプライヤーとの関係構築とプログラム導入の窓口となり、品質保証部門が技術基準策定と専門的な指導を担当しました。CSR部門はプログラム全体の企画・推進、外部パートナー(現地のNPO、食品安全コンサルタント企業、大学等)との連携を担いました。
成果と効果測定
「サプライヤー食品安全パートナーシッププログラム」の導入により、以下の成果が見られました。
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定量的成果:
- プログラム開始から3年で、主要な海外契約サプライヤーのうち、約85%がプログラムに参加しました。
- プログラム参加サプライヤーの定期監査における食品安全スコアの平均値が、開始前と比較して約20%向上しました。
- プログラム対象サプライヤーからの原材料に起因する食品事故発生件数が、プログラム開始前の3年間平均と比較して約60%減少しました。
- デジタル記録ツールの導入により、記録の正確性が向上し、同社側でのモニタリング効率が約30%向上しました。
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定性的成果:
- プログラム参加サプライヤーにおいて、食品安全に関する従業員の意識が大きく向上し、日々の作業における衛生活動や記録付けが習慣化されました。「食品安全は自分たちの事業を守る上で不可欠である」という認識が醸成されました。
- 同社とサプライヤーとの間の信頼関係が強化され、課題や懸念事項に関する情報共有がよりオープンに行われるようになりました。
- プログラムへの参加や食品安全レベルの向上が、サプライヤーの他の取引先からの評価向上や、新規取引機会の創出に繋がった事例も見られました。
- 社内においては、調達部門、品質保証部門、CSR部門など、これまで縦割りになりがちだった部門間の連携が強化されました。
- 本プログラムの取り組みは、企業のブランドイメージ向上や、持続可能な調達を重視する投資家からの評価にも寄与しています。
成果の測定は、年1回の包括的なサプライヤー監査(外部機関も一部活用)、デジタルツールからのデータ分析、プログラム参加サプライヤーへの定期的なアンケート調査、および社内での事故・ヒヤリハット報告システムを通じて行われました。
直面した課題と克服策
このプログラムの推進においては、いくつかの課題に直面しました。
第一に、言語や文化の違い、技術レベルの大きなばらつきでした。多地域のサプライヤーを対象としているため、マニュアルや研修内容の翻訳・地域適応が不可欠でした。また、スマートフォンの操作に慣れていないサプライヤーも多く、デジタルツールの普及には時間と根気が必要でした。 * 克服策: 現地の言語・文化に精通したパートナー企業やNPOと協働し、教材の地域適応と現地のインストラクター育成に力を入れました。デジタルツールについては、シンプルなUI/UXを追求し、操作研修を繰り返し実施するとともに、電話やメッセージアプリを通じた個別サポート体制を構築しました。
第二に、サプライヤー側の資金的・時間的制約です。推奨する衛生設備への投資や、研修参加のための時間確保が難しいサプライヤーも存在しました。 * 克服策: 必要最低限かつ費用対効果の高い改善策から提案し、段階的な導入を推奨しました。また、研修は繁忙期を避けたり、短時間で完結するモジュール形式にしたりするなど、サプライヤーの負担軽減に配慮しました。資金調達が課題の場合は、外部の金融機関等へのアクセス支援を強化しました。
第三に、プログラムの成果を定量的に可視化することの難しさです。食品事故の発生は稀であるため、事故件数のみを指標とするのは適切ではありませんでした。また、食品安全「文化」の醸成といった定性的な成果を客観的に評価する手法の開発が必要でした。 * 克服策: 事故発生件数だけでなく、定期監査のスコア、デジタルツールでの記録頻度・正確性、サプライヤーへのアンケートによる意識変化の測定などを組み合わせた多角的な評価指標を導入しました。また、第三者機関によるサプライヤーへのインタビュー調査を実施し、定性的な変化を把握する努力を行いました。
成功の要因と学び
本事例における成功の主な要因は以下の通りです。
- 経営層の強いコミットメント: 食品安全が企業の根幹に関わる課題であるとの認識に基づき、経営層が本プログラムへの継続的な投資と推進を強く指示しました。
- 調達部門との連携: CSR部門だけでなく、サプライヤーとの日常的な接点を持つ調達部門が積極的にプログラムに関与し、サプライヤーとの信頼関係構築と協力体制の促進に貢献しました。
- 現地ニーズに合わせた柔軟な設計: 画一的なプログラムではなく、各地域の文化、技術レベル、経済状況に合わせて内容を柔軟に調整しました。
- 外部パートナーの活用: 現地の専門知識やネットワークを持つNPOやコンサルタントと密接に連携することで、プログラムの質と効果を高めました。
- 長期的な視点: 短期的な成果に一喜一憂せず、サプライヤーとの長期的なパートナーシップ構築を目指し、継続的な支援を行いました。
この事例から得られる学びとしては、グローバルサプライチェーンにおけるCSR活動、特に技術支援や能力開発においては、一方的な「指導」ではなく、共創的かつパートナーシップに基づいたアプローチが極めて重要であるという点です。また、技術や仕組みを提供するだけでなく、対象者の意識や文化に根差したアプローチを行うことで、プログラムの浸透と持続可能性が高まることが示されました。
他の企業への示唆・展望
グローバルセーフフーズ株式会社の事例は、大手食品メーカーがサプライチェーン全体のリスク管理と社会的責任を果たす上で、いくつかの重要な示唆を提供します。
- サプライチェーン全体の安全確保の重要性: 自社工場内だけでなく、原材料の調達から消費に至るまでのサプライチェーン全体での食品安全レベルの底上げが、ブランド信頼性維持と事業継続性の鍵となります。
- パートナーシップによる能力開発: 監査による選別だけでなく、サプライヤーの能力開発を支援することで、より強固でレジリエントなサプライチェーンを構築できる可能性があります。これは、特に技術やリソースに制約のある中小規模サプライヤーを抱える企業にとって有効なアプローチです。
- デジタル技術の活用: 遠隔モニタリングやデータ収集にデジタルツールを活用することで、効率的な支援と効果測定が可能となります。
- 多角的な連携の必要性: 企業内の複数部門連携に加え、現地の専門機関やNPO、金融機関等との外部連携が、プログラムの成功確率を高めます。
グローバルセーフフーズ株式会社は、今後このプログラムをさらに拡大し、対象となるサプライヤー数を増やすとともに、デジタル技術の活用範囲を広げることを計画しています。具体的には、AIを活用したリスク予測に基づく重点的な支援、サプライヤー間の成功事例共有プラットフォームの構築などを検討しており、サプライチェーン全体での食品安全文化のさらなる醸成を目指しています。
まとめ
本稿でご紹介したグローバルセーフフーズ株式会社の事例は、大手食品メーカーがグローバルサプライチェーンにおける食品安全という喫緊の課題に対し、単なる基準順守を超えた、サプライヤーとの共創的なパートナーシップを通じて取り組む姿勢を示しています。体系的な技術支援、能力開発、デジタルツールの活用、そして多角的な連携は、プログラム成功の重要な要素となりました。
この事例は、食料問題への企業の貢献が、自社の事業活動と不可分であること、そしてサプライチェーン全体での取り組みが、持続可能で安心・安全な食料供給網の構築に繋がることを示唆しています。貴社における食料問題へのCSR活動検討の参考となれば幸いです。