大手食品メーカーの気候変動適応型農業支援事例:グローバルフード株式会社と西アフリカカカオ農家との挑戦
はじめに
本稿では、グローバルフード株式会社が西アフリカの主要なサプライヤーであるカカオ農家と共に推進している、気候変動適応型農業支援に関するCSR事例をご紹介します。この取り組みは、気候変動がカカオ生産に与える深刻な影響に対応し、持続可能でレジリエントなサプライチェーンを構築することを目的としています。特に、多くのカカオ生産を担う小規模農家の生計向上と、企業の安定的な原材料調達という両面での課題解決を目指す点で注目に値します。大手食品メーカーのCSR推進部門でご活躍されている読者の皆様にとって、サプライチェーンの根幹における気候変動リスクへの対応と、生産者との長期的な関係構築に関する具体的な示唆を得られる事例となるでしょう。
取り組みの背景と目的
グローバルフード株式会社は、チョコレート製品の主要原料としてカカオ豆をグローバルに調達しています。しかし、カカオ生産地域である西アフリカでは、近年の気候変動により、気温上昇、降雨パターンの変化、干ばつや豪雨といった異常気象が増加しており、カカオの生産量や品質の不安定化が深刻な問題となっています。これにより、農家の収入が不安定になるだけでなく、企業の安定的なカカオ調達にも大きなリスクが生じていました。
このような背景を踏まえ、グローバルフード株式会社は、企業理念である「食を通じて持続可能な社会に貢献する」に基づき、サプライチェーンの上流に位置するカカオ農家を支援することが、企業の責任であると同時に事業継続上不可欠であると認識しました。本CSR活動の目的は、気候変動の進行下でもカカオ生産を持続可能にするための「適応力」を農家に身につけてもらうことにあります。具体的には、気候変動に強い栽培技術の普及、生産性・品質向上による農家収入の安定化、そして環境負荷の低減(特に森林破壊の抑制とアグロフォレストリー推進)を通じて、レジリエントで倫理的なカカオサプライチェーンを構築することを目指しています。
具体的な活動内容と実行プロセス
本事例の中心となるのは、「サステナブルカカオ・イニシアティブ」(仮称)と名付けられた包括的な支援プログラムです。プログラムは主に以下の活動内容を含んでいます。
- 気候変動適応型栽培技術の指導: 現地の気候条件や土壌に適したカカオ品種の選定支援、日陰樹の植樹・管理(アグロフォレストリー)、適切な剪定技術、病害虫管理(特に気候変動により蔓延しやすい病気への対策)、土壌水分管理技術(マルチングなど)といった、気候変動の影響を軽減し、安定的な収穫を目指すための具体的な栽培技術を指導しています。
- 品質向上・収穫後処理技術の指導: 発酵・乾燥といった収穫後の処理技術はカカオの品質に大きく影響します。気候変動による天候不順下でも高品質を維持するための技術(例:天日干しが難しい場合の代替手段)や、品質基準に合わせた選別方法などを指導しています。
- 農園経営・財務管理の研修: 農家の収入安定には、生産量や品質だけでなく、農園経営の効率化や適切な財務管理も重要です。簡単な会計記録の付け方、収支計画の立て方、貯蓄やマイクロファイナンスへのアクセスに関する研修を実施しています。
- 協同組合の組織化・運営支援: 個々の小規模農家が直面する課題(技術普及の遅れ、情報へのアクセス、交渉力不足)を克服するため、農家協同組合の設立・強化を支援しています。これにより、共同での研修受講、資材の共同購入、カカオの共同販売などが可能となり、農家のエンパワーメントに繋がっています。
- 認証プログラム取得支援: UTZ CertifiedやRainforest Allianceといった国際的な持続可能性認証の取得を推進しています。これらの認証基準には、環境保全、社会福祉、経済的持続可能性に関する項目が含まれており、第三者による評価を通じてプログラムの信頼性を高めています。グローバルフード株式会社は、認証取得にかかる費用の一部負担や、基準達成のための技術・組織支援を行っています。
- トレーサビリティシステムの導入: 調達するカカオ豆がどの農園で生産されたものかを追跡可能なシステムを導入しています。これにより、児童労働リスクの特定、違法な森林破壊地での生産の排除、支援プログラムの効果測定をより正確に行うことが可能となっています。
実行プロセスは、まず対象地域の選定と、現地のNGOや研究機関とのパートナーシップ構築から開始されました。次に、対象となる農家を登録し、ベースライン調査を通じて各農園の現状や課題を詳細に把握しました。その後、調査結果に基づき、現地の言語や文化に配慮した研修プログラムや技術指導マニュアルを開発し、研修を継続的に実施しています。プログラムの進捗は、定期的な農園訪問、農家からの報告、トレーサビリティシステムのデータ、そして第三者機関による監査を通じてモニタリング・評価しています。
組織内の連携体制としては、購買・調達部門がサプライヤーとの契約や関係構築を担い、CSR部門がプログラム全体の企画・推進、外部パートナーとの連携窓口となっています。研究開発部門は気候変動適応技術に関する知見提供、財務部門は予算管理と資金配分を担当し、緊密に連携しながらプログラムを推進しています。
成果と効果測定
「サステナブルカカオ・イニシアティブ」の導入により、複数の定量的な成果が見られています。プログラム参加農園におけるカカオの平均単収は、導入前に比べて年間約15%増加しました。また、プレミアムグレードとして取引されるカカオ豆の比率も約10%向上しています。これらの結果、プログラム参加農家の年間平均収入は、参加前と比較して約20%増加したというデータが得られています。環境面では、プログラム対象地域における新規の森林破壊率が、非対象地域に比べて約50%抑制されたと推計されています。アグロフォレストリーを導入した農園の割合は約40%に達し、二酸化炭素吸収量の増加にも貢献しています。トレーサビリティシステムを通じて、調達するカカオ豆の約70%が農園レベルまで追跡可能となりました。
定性的な成果としては、プログラム参加農家の間で気候変動に対する危機意識が高まり、主体的に適応策に取り組む姿勢が見られるようになりました。協同組合の活動が活発化し、農家同士の連携や情報交換が進んだことで、コミュニティ全体のレジリエンスが向上しています。児童労働リスクに関する啓発活動も進み、地域社会における児童労働の削減に一定の効果が見られています。企業にとっては、倫理的で持続可能なカカオ調達体制が強化されたことによるサプライチェーンの安定化に加え、消費者やNGOからの評価向上、従業員の社会貢献に対する意識向上といった効果が得られています。
これらの成果は、ベースライン調査に加え、年に一度の農家への包括的なアンケート調査と詳細な聞き取り調査、カカオ豆のサンプル分析、トレーサビリティシステムのデータ分析、そして契約している第三者認証機関による定期監査(認証基準への適合性確認)によって測定・評価されています。森林状況については、衛星データを用いたモニタリングも導入しています。
直面した課題と克服策
本プログラムの推進において、いくつかの困難な課題に直面しました。一つは、多様な言語や文化を持つ農家コミュニティ全体に、新しい栽培技術や経営手法を均一に普及させることの難しさです。農家の中には、伝統的な手法に固執する者や、短期的な収益を優先し持続可能性への関心が低い者もいました。これに対し、現地の文化や慣習を深く理解するパートナーNGOと連携し、一方的な指導ではなく、農家自身の実践や成功事例の共有を中心とした、参加型の研修形式を徹底しました。また、農村部の指導員を育成し、彼らを通じてきめ細やかなフォローアップを行う体制を構築しました。
また、気候変動の影響は予測困難であり、異常気象によってプログラムの効果が一時的に相殺されるような事態も発生しました。これに対しては、単一の技術に頼るのではなく、アグロフォレストリーによる生態系サービスの活用や、多様な品種導入によるリスク分散といった、農園全体の生態系を活用したレジリエントな農業システム構築を目指す方向にシフトしました。さらに、予期せぬ自然災害等が発生した場合の緊急支援体制についても、現地パートナーと協力して整備を進めています。
プログラム開始初期には、トレーサビリティシステム導入への農家の理解と協力を得るのに時間を要しました。個人情報保護への懸念や、データ入力の手間が障壁となりました。これに対しては、システムの導入目的(透明性向上、適正な支払いの保証、児童労働防止など)を丁寧に説明し、システム利用が農家自身にとってメリット(例:プレミアム価格での取引、正確な支払い記録)があることを強調しました。また、データ入力作業を簡略化したり、協同組合が代行する仕組みを導入するなど、現場の負担軽減に努めました。
成功の要因と学び
この事例の成功要因としては、まず経営層の長期的な視点に基づいた強いコミットメントが挙げられます。単年度の成果だけでなく、10年、20年といった長期的な視点でプログラムを推進し、必要な投資を継続したことが、農家やパートナーからの信頼獲得に繋がりました。次に、現地のNGOや研究機関、そして農家協同組合といった多分野の専門家・組織と強固なパートナーシップを構築できたことが重要でした。特に、地域の文化や社会構造を深く理解するNGOの存在は、プログラムを地域に根差したものとする上で不可欠でした。
また、技術指導に留まらず、農園経営、組織化、そして認証取得支援といった、農家の持続可能な生計向上に繋がる包括的なアプローチを採用したことも成功に寄与しました。単に技術を教えるだけでなく、農家自身がビジネスとしてカカオ生産を捉え、主体的に改善に取り組む動機付けを提供できたことが大きな要因です。さらに、トレーサビリティシステムによる成果の可視化と、プレミアム価格での買い取りという明確なインセンティブ設計が、農家のプログラムへの参加意欲を高めました。
この事例から得られる学びとしては、サプライチェーンにおけるCSR活動は、単なる社会貢献活動ではなく、事業の持続可能性そのものを強化する投資であるという視点の重要性です。また、グローバルな課題(気候変動、貧困)に取り組む際には、現地の多様性を理解し、ローカルパートナーと対等な関係で協働すること、そして長期的な視点を持つことが不可欠であることを改めて認識させられました。
他の企業への示唆・展望
グローバルフード株式会社のこの事例は、特に農産物をサプライチェーンに持つ大手食品メーカーのCSR担当者の皆様にとって、重要な示唆を含んでいます。気候変動リスクは、特定の地域や作物に限定される問題ではなく、グローバルな食料サプライチェーン全体に影響を及ぼす普遍的な課題です。本事例は、サプライヤーである生産者、特に小規模農家との直接的な連携を通じて、彼らの気候変動への適応力を高めることが、自社の安定的な調達と事業継続に直結するということを具体的に示しています。
自社で同様の取り組みを検討される際には、まず自社の主要な原材料における気候変動リスクを詳細に評価すること、そしてサプライチェーン上の生産者(特に脆弱な立場にある人々)が直面している課題を深く理解することから始めることが重要です。その上で、技術支援、経済的支援、組織化支援などを組み合わせた包括的なアプローチを検討し、信頼できる現地のパートナーとの連携を模索することが有効でしょう。成果を定量・定性両面で測定し、ステークホルダーに透明性をもって報告することも、活動の信頼性を高める上で不可欠です。
グローバルフード株式会社は、このプログラムを通じて得られた知見を他のサプライチェーン(例:コーヒー、茶葉など)にも展開していくことを検討しています。また、同業他社やNGO、研究機関との知見共有や共同プロジェクトの可能性も探っており、業界全体での持続可能な調達慣行の確立に貢献していくことを展望しています。
まとめ
本稿では、グローバルフード株式会社が西アフリカのカカオ農家と協働して推進している、気候変動適応型農業支援の事例を詳細にご紹介しました。この取り組みは、気候変動という地球規模の課題に対し、サプライチェーンの根幹である小規模生産者と共に解決を目指す、事業と社会貢献が統合されたCSR活動です。気候変動への適応技術普及、品質・生産性向上、農園経営支援、組織化支援、認証取得支援といった多角的なアプローチと、現地のパートナーとの強固な連携が、農家の生計向上とサプライチェーンのレジリエンス強化という成果に繋がっています。この事例は、他の大手食品メーカーが自社のサプライチェーンにおける気候変動リスクに対応し、持続可能な調達体制を構築する上で、具体的な行動計画やパートナーシップのあり方について深く考察する契機となるでしょう。