大手食品メーカーによる製造工程食品廃棄物のバイオガス化事例:資源循環とエネルギーコスト削減、地域貢献への多角的アプローチ
はじめに
本稿では、日本の大手食品メーカーである〇〇株式会社(以下、〇〇社)が取り組む、製造工程で発生する食品廃棄物のバイオガス化による資源循環とエネルギー創出に関するCSR事例をご紹介します。この取り組みは、単なる廃棄物処理に留まらず、再生可能エネルギーの自家利用、化石燃料使用量の削減、地域農業への貢献といった多角的な視点を含んでおり、持続可能なサプライチェーン構築を目指す他の食品メーカーにとって、重要な示唆を提供するものです。特に、大規模な製造拠点を有する企業における環境負荷低減とコスト効率化を両立させる具体的なアプローチとして注目に値します。
取り組みの背景と目的
〇〇社では、企業活動における環境負荷の最小化を経営の重要課題の一つとして位置付けています。特に、主力工場から日々大量に発生する食品廃棄物は、その処理コストや環境負荷(焼却によるCO2排出など)が課題となっていました。また、グローバルな食料問題への対応、SDGs目標達成への貢献(特に目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」および目標12「つくる責任 つかう責任」)が強く求められる中で、従来の廃棄物処理方法を見直し、より循環型のシステムを構築する必要性を感じていました。
こうした背景のもと、〇〇社はこの製造工程食品廃棄物のバイオガス化プロジェクトを立ち上げました。本プロジェクトの主な目的は以下の通りです。
- 食品廃棄物の削減と有効活用: 最終的な廃棄物量を削減し、エネルギーや肥料としての有効活用を最大化すること。
- 再生可能エネルギーの創出と利用: 食品廃棄物からバイオガスを生成し、工場運営に必要なエネルギーの一部を自家利用することで、化石燃料への依存度を低減すること。
- エネルギーコストの抑制: 化石燃料の使用量を減らすことで、長期的なエネルギーコストの削減に繋げること。
- 温室効果ガス排出量の削減: 廃棄物焼却や化石燃料使用に伴うCO2排出量を削減し、気候変動対策に貢献すること。
- 地域社会との連携強化と貢献: 生成された発酵残渣を地域農家で有効活用してもらうことで、地域における資源循環を促進し、地域経済や環境保全に貢献すること。
具体的な活動内容と実行プロセス
〇〇社は、主力工場に隣接する形で、食品廃棄物を処理するバイオガスプラントを建設・運営しています。具体的な活動内容は以下の通りです。
- 食品廃棄物の分別・収集: 工場内の各製造ラインから発生する規格外品、端材、残渣といった食品廃棄物を、異物混入がないように厳格に分別し、密閉された専用コンテナでプラントまで輸送するシステムを構築しました。これにより、バイオガス生成に適した高品質な原料を確保しています。
- バイオガスプラントの建設と運営: 嫌気性発酵技術を用いたバイオガスプラントを設計・建設しました。プラントでは、搬入された食品廃棄物を破砕・混合した後、嫌気性発酵槽に投入し、微生物の働きによってメタンを主成分とするバイオガスを生成します。発酵温度や滞留時間などの運転条件は、廃棄物の種類や量に応じて最適化されています。
- バイオガスの精製とエネルギー利用: 生成されたバイオガスは、脱硫などの精製処理を施した後、工場内のボイラー燃料として自家利用しています。これにより、これまで都市ガスなどの化石燃料を使用していた一部を代替しています。
- 発酵残渣(消化液・消化物)の活用: バイオガス生成後に残る発酵残渣は、液体成分(消化液)と固体成分(消化物)に分離されます。消化液は、適切な処理を施した上で、近隣の契約農家に液肥として提供しています。これにより、化学肥料の使用量削減や農作物の生育促進に貢献し、地域における農業資源の循環を促進しています。固体成分は、堆肥化やその他の有効活用方法を検討中です。
- 組織内の連携体制: 本プロジェクトは、工場長直轄の推進チームが主導し、製造部門、品質管理部門、環境・CSR部門、技術開発部門、購買部門など、関連する複数の部門が連携して推進されました。特に、製造部門と品質管理部門は廃棄物の厳格な分別と品質管理、技術開発部門はプラント運転技術のサポート、環境・CSR部門はプロジェクト全体の計画策定、外部連携、成果評価を担当しました。
- 外部パートナーとの連携: プラントの設計・建設・運転管理は、専門的な技術を持つ外部パートナー(バイオガスプラントメーカー、コンサルタント)と密接に連携して行われました。また、消化液の地域での活用については、地元の自治体や農業協同組合、契約農家との間で事前に協議を重ね、供給体制や品質管理に関する合意形成を行いました。
成果と効果測定
本プロジェクトの開始から数年が経過し、〇〇社では以下のような具体的な成果を得ています。
- 食品廃棄物処理量の削減: プロジェクト稼働により、工場から排出される食品廃棄物の年間約8,000トンをプラントで処理できるようになりました。これにより、外部に委託していた廃棄物処理量とそれに伴うコストを大幅に削減しました。
- 再生可能エネルギー創出: 年間約140万Nm³のバイオガスを生成しています。これは、工場の年間エネルギー消費量の約5%を賄うことができる量に相当します。
- エネルギーコスト削減: バイオガス利用による化石燃料使用量の削減効果は、年間数千万円規模に達しています。燃料価格の変動リスクへの対応力も向上しました。
- 温室効果ガス排出削減: バイオガス化によるメタン回収と、化石燃料代替によるCO2排出削減効果を合わせると、年間約3,000トン(CO2換算)の温室効果ガス排出削減に貢献しています。
- 地域への貢献: 年間約5,000トンの消化液を液肥として地域農家に提供しており、契約農家からは化学肥料コスト削減や土壌改良効果について肯定的な評価を得ています。
これらの成果は、処理量、生成ガス量、エネルギー消費量、燃料購入費、消化液供給量などを定期的に計測し、外部の専門機関のサポートを得ながらGHGプロトコル等の国際的な基準に基づき算定されています。従業員向けアンケートや地域住民・農家との対話を通じて、定性的な影響(環境意識向上、地域での評価など)も把握に努めています。
直面した課題と克服策
本プロジェクトの推進においては、いくつかの課題に直面しました。
- 初期投資の大きさ: バイオガスプラントの建設には、多額の初期投資が必要でした。これに対しては、国や自治体の補助金制度を積極的に活用するとともに、長期的なエネルギーコスト削減効果やCSR効果を定量的に示し、経営層および社内各部門からの合意形成を図ることで克服しました。
- 安定的なプラント運転技術: 食品廃棄物の種類や性状によって、発酵状態が不安定になることがありました。これに対しては、プラントメーカーの技術者と密に連携し、運転データの詳細な分析に基づく最適な運転パラメータ設定、前処理技術の改良、従業員への専門的な研修実施といった対策を講じました。
- 消化液の活用先確保: 大量に発生する消化液の品質を安定させ、かつ地域で継続的に利用してもらうための体制構築が課題でした。地域農家、農協、自治体と早期から対話を重ね、液肥の品質管理基準を設定し、農家への効果的な利用方法に関する情報提供や圃場試験を行うことで、信頼関係を構築し活用先を確保しました。
- 行政手続き: 関連する法規制(廃棄物処理法、建築基準法、農地法など)に基づく各種許可申請や届出が多岐にわたり、時間を要しました。専門家(行政書士、コンサルタント)の助言を得ながら、計画的に手続きを進めました。
成功の要因と学び
本プロジェクトが一定の成果を上げることができた要因としては、以下が挙げられます。
- 経営層の強いリーダーシップと長期的な視点: 環境問題への対応と事業継続計画(BCP)の両面から、経営層が本プロジェクトの重要性を認識し、長期的な視点での投資判断と推進をコミットしたことが最大の要因です。
- 部門横断的な推進体制: 製造、環境、技術、CSRなど、複数の部門がそれぞれの専門性を活かし、共通目標に向かって協力する体制を構築できたこと。特に、現場を理解する製造部門と技術部門の連携が、具体的な課題解決に繋がりました。
- 外部パートナーとの良好な関係構築: 高度な技術とノウハウを持つプラントメーカーやコンサルタントと信頼関係を築き、技術的な課題を共に解決できたこと。
- 地域社会との丁寧なコミュニケーション: 消化液活用という地域に直接的な影響を与える活動において、一方的な押し付けではなく、地域住民や農家の懸念やニーズを丁寧に聞き取り、共に解決策を模索する姿勢が信頼に繋がりました。
- 継続的な改善活動: 稼働後も定期的に運転データや成果を評価し、課題に対して柔軟に対応するPDCAサイクルを確立したこと。
この事例から得られる学びとしては、大規模な設備投資を伴う環境CSR活動は、単なる「善行」ではなく、環境負荷低減、コスト削減、リスク分散、地域連携といった複数の価値を同時に追求する事業戦略として位置づけることが重要であるという点です。また、技術的な専門知識と地域とのコミュニケーション能力という、一見異なる能力がプロジェクト成功には不可欠であることも示唆しています。
他の企業への示唆・展望
〇〇社のバイオガス化事例は、大量の有機性廃棄物を排出する他の食品メーカーにとって、実行可能なソリューションの一つとして大いに参考になるものです。特に、以下の点が示唆として挙げられます。
- 廃棄物を「コスト」ではなく「資源」として捉え直す: 廃棄物処理費用の削減だけでなく、エネルギーや肥料といった新たな価値を生み出す視点を持つこと。
- サプライチェーン全体の持続可能性を考慮する: 製造工程だけでなく、地域農業との連携を通じて、より広範な資源循環システムの一員となることを目指すこと。
- テクノロジー活用の可能性を探る: バイオガス化のような先進的な技術を、環境課題解決と事業競争力強化の両方に資するものとして検討すること。
〇〇社では、今後もバイオガスプラントの安定稼働と効率向上に努めるとともに、消化液の更なる高付加価値化(例:微細藻類培養への活用)や、他の工場への本取り組みの展開を検討するなど、製造工程における資源循環とエネルギー自給率向上に向けた挑戦を継続していくとしています。
まとめ
〇〇株式会社による製造工程食品廃棄物のバイオガス化事例は、大手食品メーカーが食料問題、特に廃棄物問題に対して、環境、経済、社会の三側面から統合的に取り組むことができる可能性を示しています。この事例は、大規模な設備投資と複雑なステークホルダー連携を伴いますが、廃棄物の資源化による環境負荷低減、再生可能エネルギーの自家利用によるエネルギーコスト削減とBCP強化、そして地域農業への貢献という具体的な成果を上げています。本事例が示す、廃棄物を価値ある資源として捉え直し、テクノロジーと地域連携を組み合わせて課題を克服するアプローチは、持続可能な食品システム構築を目指すあらゆる企業にとって、重要な学びとなるでしょう。