食料多様性の維持と地域レジリエンス向上への貢献:大手食品メーカーによる伝統食材・食文化継承支援CSR事例
はじめに
本稿では、大手食品メーカーであるヘリテージフーズ株式会社が取り組む、地域に根差した伝統食材および食文化の継承を支援するCSR活動事例をご紹介します。この取り組みは、単に過去の遺産を守るというだけでなく、食料システムの多様性を維持し、地域社会のレジリエンス(回復力・適応力)を向上させることに貢献するものです。特に、自社のサプライチェーンに直接関連しない領域でありながら、食料問題の本質的な課題の一つである「多様性の喪失」に対して戦略的にアプローチしている点、また地域社会との連携を深めている点は、多くの食品メーカーのCSR担当者様にとって、自社の活動を検討する上で重要な示唆を与えると考えられます。
取り組みの背景と目的
ヘリテージフーズ株式会社は、「豊かな食文化を未来へつなぐ」という企業理念に基づき、事業活動を通じた社会貢献を重視してきました。近年、グローバル化や産業化の進展に伴い、効率や均一性が追求される一方で、地域固有の多様な食材や伝統的な食の知恵が失われつつあるという現状を認識しました。これは、食料システムの脆弱化(特定の品種への依存リスク)や、地域コミュニティの衰退にも繋がる食料問題の重要な側面であると捉えました。
このような背景から、同社は企業理念をより具体的に社会課題解決に落とし込む形で、伝統食材・食文化継承支援プログラム「ふるさと食遺産プロジェクト」を立ち上げました。このプロジェクトの目的は、以下に集約されます。
- 地域固有の伝統食材や食文化の価値を再認識し、その継承を支援することで、食料システムの多様性を保全する。
- 伝統食材に関わる生産者、加工者、地域住民などの活動を活性化し、地域経済の振興とコミュニティの維持・発展に貢献する。
- 次世代を担う人々に対し、多様な食への関心を高め、持続可能な食のあり方について考える機会を提供する。
具体的な活動内容と実行プロセス
「ふるさと食遺産プロジェクト」は、特定の地域と連携し、複数年にわたる包括的な支援を行うプログラムとして設計されました。
(1) 対象地域・食材の選定
プロジェクト開始にあたり、社内のCSR部門、研究開発部門、マーケティング部門が連携し、地域経済への影響、食材の希少性、文化的な価値、事業との関連性(将来的な商品開発の可能性)、地域側の受け入れ体制などを多角的に評価し、支援対象となる地域と伝統食材(例:特定の在来野菜、伝統的な発酵食品の原料など)を選定しました。選定プロセスには、外部の専門家(食文化研究者、農業経済学者など)からの助言も取り入れました。
(2) 支援内容と実行プロセス
選定された地域において、以下の具体的な支援活動を展開しました。
- 生産技術・販路支援:
- 伝統的な栽培・生産技術に関する高齢生産者からの聞き取り調査と記録化。
- 若手後継者向けの技術研修会の開催(外部講師招聘)。
- ヘリテージフーズ社の持つ品質管理や衛生管理に関するノウハウの提供。
- オンラインストア開設や、同社の商品への限定的な採用による新たな販路開拓。
- 後継者育成・人材交流:
- 地域外からの移住希望者や都市部住民を対象とした、農業体験・伝統食文化体験プログラムの実施。
- 学生インターンの受け入れ。
- 地域住民とヘリテージフーズ社社員との交流イベント開催。
- 啓発活動:
- 伝統食材・食文化に関する情報発信(特設ウェブサイト、SNS、社内報)。
- 地域のお祭りやイベントでのブース出展、試食会開催。
- 小中学校での出前授業(食文化、食料多様性の重要性について)。
- 研究開発支援:
- 伝統食材の栄養価や機能性に関する大学との共同研究。
- 伝統的な加工技術の科学的な分析と記録。
プロジェクトの実行にあたっては、企画立案はCSR部門が主導しましたが、研究開発部門が技術支援、マーケティング部門が販路開拓と広報、調達部門が試験的な仕入れ、人事部門が社員交流プログラムを担当するなど、部門横断的な連携体制を構築しました。また、地域側のパートナーとしては、自治体、農業協同組合、地域のNPO、生産者団体、観光協会などと緊密に連携し、それぞれの役割分担を明確にしました。定期的な進捗会議や現地訪問を通じて、課題を共有し、柔軟に対応する体制を整えました。
成果と効果測定
「ふるさと食遺産プロジェクト」は、開始から3年で複数の地域で着実に成果を上げています。
定量的な成果としては、以下の点が挙げられます。
- 生産者の維持・増加: ある対象地域では、プログラム開始後3年間で、伝統食材の生産に新規参入する若手生産者が5名増加し、高齢化による離農ペースが鈍化しました(対プログラム開始前比 約+10%)。
- 生産量の安定化: 生産技術支援や販路確保により、対象伝統食材の年間総生産量がプログラム開始前に比べ平均15%増加し、販売価格も安定傾向を示しました。
- 地域経済への貢献: プロジェクト関連イベントへの参加者数が累計5,000人を超え、地域内の飲食店や宿泊施設への経済波及効果が見られました。
- 企業活動への反映: 対象伝統食材を活用した限定商品(例:伝統野菜を使ったドレッシング、在来品種米のブレンド米など)を開発・販売し、一定の売上を記録しました。
定性的な成果としては、以下の点が挙げられます。
- 地域コミュニティの活性化: プロジェクトを通じて地域住民同士の交流が活発化し、地域への誇りや伝統継承への意欲が高まりました。また、地域外からの関心が高まり、関係人口増加に貢献しました。
- 従業員の意識変容: プロジェクトへの参加(ボランティア、研修など)を通じて、多くの従業員が食料多様性の重要性や地域社会との繋がりを再認識し、業務へのエンゲージメント向上に繋がりました。
- 企業イメージ向上: 食料問題への貢献として、単なる寄付や食品ロス削減だけでなく、食文化という側面からアプローチするユニークな取り組みとして、メディアや消費者からの肯定的な評価を得ました。
- 新たなビジネス機会創出: 伝統食材の特性を活かした新商品開発のノウハウが蓄積され、今後のイノベーションに繋がる知見が得られました。
これらの成果は、プロジェクト開始時に設定したKPI(生産者数変化率、生産量・売上変化率、イベント参加者数、メディア掲載件数など)に基づき、定期的にデータを収集・分析することで測定されました。また、地域住民や参加者へのアンケート調査を通じて、定性的な影響も把握に努めました。
直面した課題と克服策
本プロジェクトの推進においては、いくつかの課題に直面しました。
- 地域との信頼関係構築: 外部企業が地域に入り込み、デリケートな伝統や慣習に関わる活動を行うため、当初は地域住民からの警戒感や不信感がありました。これに対し、短期的な成果を求めず、何度も現地に足を運び、地域の方々の声に耳を傾け、プロジェクトの目的や企業の長期的なコミットメントを丁寧に説明することで、徐々に信頼関係を構築していきました。
- 伝統技術の標準化と伝承の難しさ: 長年の経験に基づいた暗黙知となっている伝統的な栽培法や加工法を、マニュアル化して次世代に伝えることは容易ではありませんでした。記録化にあたっては、地域のベテラン生産者への敬意を払いながら、研究開発部門の知見を活かし、科学的な視点と伝統的な知恵を融合させる工夫を行いました。また、後継者育成研修では、実践的なOJT形式を取り入れるなど、座学だけでなく体で覚える機会を重視しました。
- 事業との関連性の評価: 本プロジェクトは、直接的な収益に直結しにくい側面があるため、社内において事業戦略上の位置づけや成果をどう評価するかが課題となりました。CSR部門が中心となり、食料多様性維持という長期的な視点でのリスク回避(単一供給源への依存リスク低減)や、ブランドイメージ向上、従業員エンゲージメント向上といった無形資産価値、そして将来的な商品開発可能性といった様々な側面からプロジェクトの価値を定量・定性的に示し、経営層や他部門への継続的な情報提供と理解促進に努めました。
- プロジェクトの自立性: 企業の支援が終了した後も活動が継続されるように、地域の主体性や持続可能なビジネスモデルをどう構築するかが課題でした。解決策として、地域内でプロジェクトを推進する中心的な団体(NPOや合同会社など)の設立を支援し、補助金活用やクラウドファンディング、観光誘致、特産品開発・販売など、地域独自の収入源を確保するためのアドバイスやネットワーキング支援を行いました。
成功の要因と学び
本プロジェクトが一定の成功を収めた要因は複数考えられます。
- 経営層の強いコミットメント: 企業理念に紐づく活動であり、短期的な利益を超えた長期的な視点での社会貢献であるという経営層の理解と支援が不可欠でした。
- 部門横断的な連携: CSR部門だけでなく、研究開発、マーケティング、調達、人事など、各部門の専門性と資源を結集できたことが、多様な支援内容を実現する上で大きな力となりました。
- 地域との対話と信頼関係: 一方的な支援ではなく、地域のニーズを丁寧に聞き取り、共創の姿勢を貫いたことが、地域からの協力を得る上で最も重要な成功要因でした。
- 柔軟な対応と試行錯誤: 計画通りに進まない課題に直面した際に、当初の計画に固執せず、地域の実情に合わせて支援内容やアプローチを柔軟に変更し、試行錯誤を繰り返したことが、課題克服に繋がりました。
- 「食料多様性」というテーマ設定: 食料問題の中でも、生産性向上や食品ロス削減といった直接的な課題に加え、「多様性」という側面からアプローチしたことが、独自の価値を生み出し、多くのステークホルダーの共感を呼ぶ要因となりました。
この事例から得られる学びは、CSR活動が単なるphilanthropy(慈善活動)に留まらず、企業の存在意義や長期的な事業継続に資するstrategics CSR(戦略的CSR)として位置づけられることの重要性です。また、サプライチェーンの川上や川下に直接関わらない領域であっても、食料システム全体の健全性やレジリエンス向上に貢献する活動は可能であり、それが結果として企業の持続可能性を高めるという示唆が得られます。
他の企業への示唆・展望
ヘリテージフーズ株式会社の事例は、他の大手食品メーカーのCSR担当者様にとって、以下のような示唆を与えうると考えられます。
- CSR戦略の再考: 食料問題への貢献は、食品ロス削減やフードバンク支援といった直接的なものに限定されません。食料多様性の維持や食文化継承といった、より根源的な課題への取り組みも、企業の役割として検討する価値があります。自社の企業理念や事業特性と照らし合わせ、「食」という広範なテーマの中でどのような社会課題に貢献できるかを深く掘り下げるヒントになります。
- 地域連携・外部パートナーシップの重要性: 本事例は、企業単独では解決困難な課題に対し、自治体、NPO、研究機関、地域住民など多様なステークホルダーとの連携がいかに重要かを示しています。特に地域に根差した課題解決には、長期的な視点での信頼関係構築と、対等なパートナーシップが不可欠であることを示唆しています。
- 非財務価値の評価と社内浸透: 直接的な収益に繋がりにくいCSR活動の価値を、食料システムのレジリエンス向上、ブランド価値向上、従業員エンゲージメントといった非財務的側面から評価し、社内への理解を深めるためのコミュニケーション戦略の重要性が再確認できます。
ヘリテージフーズ株式会社は今後、「ふるさと食遺産プロジェクト」の対象地域を拡大するとともに、記録化された伝統技術や食材に関する知見を、新たな商品開発や食育コンテンツ開発にさらに活用していくことを展望しています。これにより、CSR活動で得られた資産をコア事業と連携させ、より広範な社会課題解決と企業価値向上に繋げることを目指しています。
まとめ
ヘリテージフーズ株式会社の「ふるさと食遺産プロジェクト」は、伝統食材・食文化継承というユニークなアプローチを通じて、食料システムの多様性維持と地域社会のレジリエンス向上に貢献する先進的なCSR事例です。本事例は、企業理念に基づいた長期的な視点でのコミットメント、部門横断的な組織連携、そして地域との丁寧な対話による信頼関係構築が、困難な課題克服と成功の鍵であることを示しています。
食料問題が複雑化・多様化する現代において、食品メーカーに求められるCSRは、従来の枠を超え、より包括的で戦略的なアプローチへと進化しています。ヘリテージフーズ社の取り組みは、自社のビジネスドメインを広範に捉え、社会課題解決と企業成長を両立させるための、重要な示唆を与えてくれるものと言えるでしょう。